道具のような家

道具のような家。イシハラスタイルは、道具のような家をつくりたいと思います。
そして、道具のような家に共感してくれるお客様に出会いたいと願っています。

たとえば職人の道具。大工の鑿(のみ)。
意のままに正確に木を刻むために、大工は腕を磨き、刃を研ぎます。
使い込むと鋼鉄の刃もしだいに短くなっていき、ちんちくりんな鑿になります。
こうなると、刃にも柄にも凄味が滲み出ます。
こういう道具を使いこなす大工は、きっと凄味のある仕事をします。
鉋(かんな)や玄翁(げんのう)もしかりです。
手入れをしながら何十年も使い、その職人のかけがえのないパートナーになります。

衣服は暮らしの道具です。
普段着や休日の服装など、TPOに縛られないときはどんなものを身に付けたいでしょうか。
藍染めのデニム生地。タンニンなめしの革。キャンバスのスニーカー。
新しいうちはさまにならず、着古して自分の体に馴染んでいくようなものを好ましく感じます。

キッチン道具にもいろいろあります。
土鍋で炊くご飯。ぶ厚い鋳物の鍋でコトコト煮込む料理。
強火がガンガン使える鉄のフライパン。蒸籠(せいろ)を使った蒸し料理。
こういう道具には、アレコレの便利さはありませんが、一芸に秀でたところがあります。
ちゃんと使って、ちゃんと手間をかけると、味わいのある料理が作れるようになるのだと思います。

道具は人の手の延長で使うもの、と言われます。
人に代わって仕事をこなす機械との違いは、そこです。

道具のような家というのは、住まいとしての機能性をただ満たしているということではなく、
住む人の身体や気持ちとつながった住みやすさをそなえているということです。
住む人と親密になれる住まいであり、住み続けていく中で愛着が湧き、
ますますいい家になっていく。そんな家だと考えています。

職人が道具を自ら手入れするように、気に入りの洋服は手洗いしたり
汚れがついたらシミ抜きして着つづけるように、
道具のような家は住む人が自分で手入れできるという意味もあります。
手入れは必要です。その手入れが大変なことではなく、誰にでもできる比較的簡単なことで、
楽しいと感じられるようなメンテナンスファンな家を住む人に合わせてつくりたいと思います。

こまめに手入れをして何十年も使うことも考えられるし、
5年10年といった比較的短い期間で交換することを見越して選択する材料もあります。
たとえばウッドデッキの板材は、南洋材を使ってマメに手入れをして30年以上持たせることもできるし、
お手軽に地元の桧材を採用してガンガン使いこなし、
15年も使ったら「ありがとう」という気持ちで新しい材に張り替える、という住まい方もあります。

外壁には昔ながらの杉板をおすすめすることがよくあります。
いずれ灰色に枯れていく杉の経年変化は好みの分かれるところかもしれませんが、
風土に、生活に馴染んでいく様は、とても素晴らしいものだと思います。
私自身、大工を経験したときに、築40~50年の杉板張りの外壁修繕を何軒も行いました。
どこの大工さんが建てた家か分からなくても、建ててから何十年も経っていても、
杉板は容易に入手できるし、初歩的な大工技術で簡単に修繕できます。
品番がついた工業製品はやがて廃番になることもありますが、杉板に廃番はありません。
部分的に張り替えると、板の新旧で色の差がでますが、これはこれでいい眺めだと思います。
家にちゃんと手を入れている、そんな雰囲気が醸し出されます。
そして、板の色の差は時間と共に薄れていき、ちゃんと馴染みます。

適材適所の考え方や、理にかなったシンプルさが、道具のような家に通じる発想ともいえます。
なんでもかんでもスペックを高めるのではなく、持たせるところはしっかりと持たせて、
傷みやすいところは修繕のしやすさを備えておくことで、いつまでも嬉しい気持ちで住み続けられる家になります。

どんな道具を選ぶのか使い手によってそれぞれ違うように、
家という道具も住む人の暮らし方や考えによって十人十色です。
お客様に合った道具のような家を一緒に考えます。